写真との向き合い方

今のシリーズは「明治大正昭和の建物」です、高雄でも日本でも。
気をつけていることは、

  1. 建物の持ち主に不愉快な思いをさせないこと
  2. 自分の右脳か左脳が動いた時だけ撮ること(無理して撮らない)
  3. 技術的なことだけど必要な光が在る時に出かけること

時々、はっとさせられるような言葉や、絵や、映像に出会ったりした時、「これは使えるな…」と心にメモをしておきます。そこから最近の自分のはやりをピックアップしてみます。

  • 最近あったのは、Pinterestで流れてきた「小村雪岱」の画像
  • 一瞬で恋に落ち、ドキリ☆としました。幕末以降の日本人ですが、「江戸の残り香」のように消えゆくはなかない空気感を感じました。それでいて「それでもこの雰囲気が好きなんだ!残したいんだ!」という強い気持ちも感じるのは、やっぱり過去を描いているから?デザインとしてもすごく美しい構成で時代を超えて平成に生きている自分にも「良い時代だったんだなあ」と感じさせる。ただ、平成の人が描こうとするとそれは想像になっちゃう(その風景を見ていないから)、想像だったり願望になっちゃうところが切ない。

  • 小津安二郎の「東京物語」を勧められて初めて見ました。

  • 見ていて胸がドキドキした作品です。今見ても鮮やか!なのに平凡で白黒で単調なのですが、衣装や背景然り、発する言葉使い回しや今は懐かしい日本の慣習が(「お留守番が頼めないから私今出かけられないのよ」等)よみがえってきて、目頭が熱くなりました。おじいちゃ〜ん、おばあちゃ〜ん!会いたいよー。話を聞きたいよー。という涙。リンリン♪と鳴る電話の音が懐かしい。

  • カメラを被写体に向けて 今 を切り取っているつもりでも シャッターを切った瞬間に 過去になる。 プリントして、人に見せている段階では更に更に 過去 を見せていることになるんだよ。
  • というのは、写真家の先達から聞いた言葉。
    シャッターを切るというのは責任ある行為なんだなと感じて胸に留めました。

    ***
    明日は、高雄で見つけた本・参考にしてる本について書きますね。

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